何かを感じた場所:奈良県吉野郡十津川村 玉置神社

 

奈良県というのは思いのほか南北に広くてびっくりする。
我々が知っている奈良県は東大寺だったり春日大社だったり奈良公園は良く知っているがこれらは奈良県の北の端なのだ。
今回紹介する玉置神社はその奈良県の南端の十津川村に鎮座されている。
プリウスPHVで行った玉置神社

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熊野大社と玉置神社

玉置神社のお話の前に熊野大社に触れないわけにはいかない。
奈良県の吉野から熊野大社へ続く大峯奥駈道と呼ばれる修験道の道がある。
現在この道は世界遺産に指定されて脚光を浴びているが非常に山深い険阻な場所を通っている。

その大峯奥駈道の中継地は75ほどあり靡(なびき)と呼ばれる。
その中の熊野本宮大社から数えて10か所目が玉置神社である。

やはりここでも修験道が密接に関係している。

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崇神天皇61年(紀元前37年)から続く玉置神社

玉置神社の神社概要によると創立は崇神天皇61年(紀元前37年)とされ実に2000年以上の歴史がある。
その場所は十津川村の南側の玉置山の頂上付近に鎮座されている。玉置山自体は標高が1000mほどある。

現在は車で神社の入り口まで登ることができるので非常に楽だが車の無い時代には行きつくだけでかなりの難所であったと想像できる。

先日紹介した投入堂もそうだが簡単には行けないところにこうした場所が作られているのが普通だ。
そこへ行きつくまでも修行なのだ。

神様がいらっしゃると感じた

駐車場から鳥居を通って神社へ向かうとすぐに圧倒される。
鳥居を通ればそこは別世界だ。

うっそうと茂った杉木立が文字通り林立している。それも1本1本が巨大だ。
中には樹齢3000年という杉もあるそうでそれはそれは言葉にできないものを感じる。

杉の巨木は様々な場所に出かけて拝見したものだが玉置神社は別格だ。
他のどこよりも杉の巨木に圧倒され無信心な管理人ではあるがここには神様がいらっしゃると感じた。
非常に抽象的な表現だが確かにそう感じたのだ。

社殿や社務所は色彩が無く鄙びて見える。他の神社のように朱色が一切ない。
これも何か理由があるのだろうが素朴で原始的な自然崇拝を色濃く感じた。

建物の数や規模は想像していたよりも多く大きい。
きっと修験道のたくさんの方が利用しているのだろうと想像できる。

ご祭神は

  • 国常立尊(くにとこたちのみこと)
  • 伊弉諾尊(いざなぎのみこと)
  • 伊弉冊尊(いざなみのみこと)
  • 天照大御神(あまてらすおおみかみ)
  • 神日本磐余彦尊(かむやまといわれひこのみこと)

となっている。

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玉置神社と言えば玉石社が有名だが

玉置神社と言えば良く出てくるのが玉置神社の末社である玉石社である。
画像が紹介されている事が多いが白い石が置かれて幽玄な印象がある。

管理人も玉石社を楽しみにして玉置神社へ参拝させていただいた。
しかしそれどころではなかった。ちょっとしたパニックだったのだ。
参拝してみると想像していたより玉置神社全体に何かを感じたのだった。
それは山なのか杉の木なのか神社そのものなのか良く分からない。

玉置神社へは遠く険しいが一度参拝される事をお勧めする。
何か感じることができると思う。

今回はこのへんで
では

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