何かを感じた場所:鳥取県東伯郡三朝町 三徳山 投入堂

 

ブログを新しくしたので以前から書きたいと思っていた事を書こうと思う。
それは少々スピリチュアルな事になるが神社や仏閣それに大自然に何かを感じた事だ。
先人の叡智を尽くした偉業だったり自然への畏怖だったりイロイロだがお付き合いいただければ幸いである。

自然と共に生きる日本人

この10年程で管理人は日本人の本質ってなんだろうと考えてきた。
そして自分のルーツや精神的バックボーンは何だろうと考えてきたが結論は出ていない。

それを知るには背景や歴史を頭に入れなくてはならない。
そうすると表面だけではなく本質が見えてくるような気がするのだ。

そういった日本人の考え方や生活習慣は自然と密接に関係している。
自然のあらゆるものを神様と崇め祀ってきた日本人の精神を理解せずには自分たちの成り立ちも分からない。

そこで管理人は歴史を勉強しあちこちへ旅をしてきたのだった。
その事を書いてみたいと思った。

修験道の開祖「役行者」という人

修験道と言えば山伏姿で山に修行に入る人だ。日本独自の信仰の一つの形だと思う。
我々の普段の生活では修験道とはほとんど関わりは無い。
しかし日本人の精神構造に大きな影響を与えている信仰だと思う。
そして地方へ行くと非常に大きな存在だったりすることが多い。

いきなり時代は古代へ飛ぶ。時代は舒明天皇の御世だ。
その修験道の開祖は「役行者(えんのぎょうじゃ)」という人がいらっしゃった(634年~701年)。
役小角(えんのおずぬ)とも言う。
葛城山や吉野の金峰山を本拠地として修験道を開いた人だ。
その吉野の金峯山寺では蔵王権現が祀られている。

そんな「役行者」の伝説は全国各地に存在するが今回紹介するのもその一つだ。

投入堂と言った方が通りは良いだろう

「役行者」が開いた修験道道場の一つで鳥取県東伯郡三朝町に三仏寺(さんぶつじ)、山号を三徳山(みとくさん)という天台宗の寺院がある。
その一番奥の奥の院に「投入堂」(なげいれどう)と呼ばれる不思議なお堂がある。

この「投入堂」は断崖絶壁に張り付くように建築されている。
管理人は「投入堂」がどうしてこの場所なのか?どうやって建築したのか?全く理解ができないのだった。
それ自体はきっと凡人の理解を超えたところに答えがあって必要だからここに建築されたと思うしかない。
「役行者」がお堂を投げ入れて作ったという伝説により「投入堂」と呼ばれている。
三徳山 三仏寺の案内図
↑ 三徳山 三仏寺の案内図、光っていて見にくいが本堂から左に伸びている赤い道が奥の院への登山道、投入堂は三仏寺の奥の院という位置付けだ、下に書いてあるように入山届が必要で服装や靴をチェックされる、かなり険しいので覚悟して登る事をお勧めする

「投入堂」は修験道の修行の地

「投入堂」へのアクセスは三仏寺の境内で三徳山への入山許可をもらい登山を行うという形になる。
健脚なら片道2時間程度の行程だが非常に険しい。
トレッキング程度と思うと厳しいので覚悟して入山する必要がある。
険しいのも当然でここは修験道の修行の場だったのだ。
三徳山の奥の院へ至る登山道の途中にあるお堂
↑ 三徳山の奥の院へ至る登山道の途中にあるお堂、ここも断崖絶壁に建っていて周りにはなんの柵も無い、一回りできるが足がすくむ、どうしてココなのだ?

山の頂上付近には多数の建物

三徳山の頂上付近へ登ってくると建物が多数ある。
ここまで登るのに足だけでは無くて手も駆使しないと登れない急峻な登山道を登ってきただけにビックリする。
先人たちはこうした非常に険しい場所にこれらの建物を建築する必要があったのだろう。

さらに一番奥まで登るとやっと「投入堂」を見ることができる。
もちろん「投入堂」には通常アクセスできないので下から見上げることになる。
しかしその見上げる場所でも急斜面で足を滑らすと谷へ落ちてしまうような場所なのだ。
管理人が今まで訪れた中では最も危険で山深い建築物かもしれない。
三徳山の奥の院へ至る登山道の途中にあるお堂その2
↑ 三徳山の奥の院へ至る登山道の途中にあるお堂その2、こちらのお堂は先ほどとは反対に洞窟の中に建築されている、想像を超える何かがある

どうしてココなのか?どうやって作ったのか?

管理人の凡庸な頭ではどうして「投入堂」がココに建築されたのかという事が理解できない。
しかし現実を見てみれば実際に存在するのだ。
ココまで登る登山道の険しさを知ればその建築が困難を極めるという事は理解できる。

そこまでしても「投入堂」を建築する必要があったのだ。
できるならばタイムマシーンに乗ってそうなったいきさつを当時の人に聞いてみたいと思った。
それほど管理人はこの建築物に衝撃を受けたのだった。

さらにビックリするのは今に至るまでメンテナンスを施されてきたという事だ。
だから今建物が残っているのだ。

世の中には人間が関わった事でも理解できない事が多くある。
まして人間が関わっていない事も含めれば知ってるよりも知らない事の方が多いのは確かだ。
あ~自分なんて小さな存在なのだと実感する。
三徳山の奥の院である投入堂その1
↑ 三徳山の奥の院である投入堂その1、断崖絶壁の窪みに入れ込んである、お堂を支える柱が岩に伸びている、投入堂へは一般の人は立ち入り禁止となっていて近くまで行く事すらできない

三徳山の奥の院である投入堂その2
↑ 三徳山の奥の院である投入堂その2、もう少し引いてみたところ山との関係が分かる、手前に見える黒い柵が一般の人が行けるところ、投入堂の真下までも行けない、カメラで撮っているこの場所でも足場が悪くて転げ落ちそうな場所なのだ

今回はこのへんで
では

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