西脇のコヤノ美術館へ行ってみた 明治大正昭和の豪農の館

昭和初期の電球がそのまま使われているのは初めて見た

たまには神社と関係のない場所へ行ってみようと思った。
神社の方はコロナ禍ではあるがボチボチと式内社訪問しているが一向にペースが上がらない。
整理すべきデータは溜まりに溜まっているがまとめはしているがサイトにアップはできてない。
ということで少し趣向を変えて古い建物と美術品が同時に見れるコヤノ美術館へ行ってみた。

昭和初期のとんがった電球がそのまま使われているのは初めて見た

コヤノ美術館 西脇館~豪農の館~

管理人はなにかのインターネットの記事でコヤノ美術館を見て言ってみたいと思った。
古い建物には神社同様に興味もあるし、展示物の浮世絵も見てみたかった。

時間が空いたので週末に西脇まででかけコヤノ美術館を訪問した。
訪問した時間帯は午後の早い時間だったが人は少くゆっくりと過ごすことができた。

こういった博物館のような場所にはその建物なり展示物を説明してくださる方が常駐していることが多い。
コヤノ美術館にも説明してくださる方が何名がいらっしゃって貴重なお話をいただけた。

コヤノ美術館の入り口は立派な門構え
コヤノ美術館の入り口は立派な門構え

ある意味民俗学博物館のような感じもある
ある意味民俗学博物館のような感じもある

豪農と言うより豪商

コヤノ美術館は藤井家を復興したものだ。
屋敷は明治、大正、昭和と各年代の建築が見られる。
素晴らしいのは各年代の贅を尽くしているところだろうと思う。

藤井家は豪農ではあるが、ビジネスとしても銀行や酒屋等々の数多くの商売を手掛けた。
その商売が多岐に渡るだけに、ありとあらゆるモノを見ることができる。
ただ展示物の多くは寄贈されたものが多いそうだ。

江戸時代の建物に入ると商家によくあるたたきがある。
馴染みの業者にならないと座敷には上げてもらえないし警戒される。
こうした豪商の家は砦のようになっていることが多い。
外に堀がめぐらしてあったり、家自体も防御を兼ねた構造になっている。
藤井家はそうした観点から見るとそれほど重装備という訳ではない、きっとまっとうな商売をしていたと見受けられる。

明治期の客間はなかなか豪勢な感じ
明治期の客間はなかなか豪勢な感じ

迎賓館を兼ねる

大正期の藤井家は大切な顧客を泊りがけで招待することが出来るようになっている。
来訪客用の風呂やトイレは珍しい部材が使われて一見の価値がある。
たぶん大事な顧客を招待して商談したり接待していたのだろう。

それだけに一つ一つの作りが丁寧で材料をこだわり抜いて厳選しているのが見て取れる。
100年を経過しても曲がったり反ったりした床板や手すりや窓は一つ無い。
それだけではない、たぶん時代の最先端の技術を導入していたのだろうと思う。

お金はお金がたくさん集まるところに行きたがると言うが、この屋敷を見ているとそう思った。
たまには神社から離れ歴史的な栄枯盛衰を見るのも良いと思う。

奥の座敷は限られた客人をもてなすためのもの
奥の座敷は限られた客人をもてなすためのもの

おっちゃん3人で話し込む

コヤノ美術館ではこうして建築物やそのディティールを見学させていただき大いに感心したものだ。
管理人は不勉強だが、西脇市というのは明治大正期は織物で大いに栄えたらしい。
それが今ではパッとしない一地方都市になってしまっている。
こうした地方都市はたくさんある。

ちょっと黄色くはなっているが平滑度の高い漆喰の壁が印象的だ
ちょっと黄色くはなっているが平滑度の高い漆喰の壁が印象的だ

こうした現状を憂いる人は多い。
管理人もそうだが、現在の日本は資本と人が東京一極集中である。
これはあまりに偏りすぎで地方では経済振興がまったくうまく行ってない。
もっと大きな目で見れば江戸時代以降の日本人の文化の継承がうまく行っていない。

たまたまコヤノ美術館に居合わせた初対面のおっちゃん3人でこんなことを長々と話し込んでしまった。
こうした違う立場や商売の人たちのお話を聞けるのは貴重なことではある。
それに地方経済と文化継承という懸念を皆持っているという事が分かったのは収穫だった、
たまにはこんな休日も良いものだ。

今回はこのへんで
では

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